HONMEMO

読書備忘録です。

学術・教養

居るのはつらいよ/東畑開人

ケアとセラピーは似て非なるもの。ケアは「傷つけない。ニーズを満たし、支え、依存を引き受ける。そうすることで…平衡を取り戻し、日常を支える」。ケアの必要な人は社会に「いる」のが難しい人たち、従って、ケアラーは「いる」のが難しい人と一緒に「いる…

イノベーション・オブ・ライフ/クレイトン・クリステンセン

御説は至極ごもっともで、本書の理論を自家薬籠中の物として、折々に適用していれば、私も成功したキャリアを歩み、一廉の人物となり得たかもしれない。 家族には恵まれて幸せな人生ではあると思うものの、自らの主体的判断によってそれが得られたという実感…

中継地にて/堀江敏幸

回送電車は11年ぶりで、VIということ。新作が出るのを気にして待っている作家なのに、IVもVも読んでおらず、一体いつの間に出ていたのかと狐につままれた感じ。回送電車とは、評論でもエッセイでも小説でもないような文章の表象なのだが、そもそも著者の文章…

校閲記者も迷う日本語/毎日新聞校閲センター

ネット記事の日本語にうんざりすることが多い中で、新聞の日本語はこういう人に支えられているというべきなのだろう。 校閲記者ですら迷うという言葉遣いや表記の仕方など、違和感を感じる(じゃなくて違和感があるか)と思っても、自分の感覚の方がおかしいの…

経済学の宇宙/岩井克人

著者の研究人生に焦点を当て、その研究内容を俯瞰するオーラルヒストリー。 経済理論は私には難解だが、氏の不均衡動学理論は、長く主流であった超新古典派的な「動学的確率的一般均衡」モデル(現実経済が大恐慌に突入しようがバブルで加熱しようが、それは…

イスラエル/ダニエル・ソカッチ

イスラエル・パレスチナの歴史は、平和共存の合意ができる(できそうになる)と、妥協を拒む原理主義者らが暴力や無神経な挑発によってぶち壊す。暴力はこれに報復する過剰な暴力を生み、事態を悪化させるという繰り返し。 右傾化・強権化を強めるネタニヤフ政…

音楽学への招待/沼野雄司

著者曰く、音楽学は融通無碍。和音とかメロディの分析?みたいなことかと思ったが、全く違ってその言葉からイメージするものよりはるかに幅広い内容を含む。 紹介されるのは、 音楽史学 駄作という定評のワグナーの「アメリカ独立百周年行進曲」の成り立ちと…

テロルの原点/中島岳志

2009年上梓の「朝日平吾の鬱屈」の改訂文庫版。安田財閥の創設者安田善次郎を暗殺した朝日平吾は、自尊心ばかり高く、何事にも他責的で、承認欲求が強い。北一輝の影響下に設計主義的な革新的日本主義を掲げ、「労働ホテル」構想の挫折等から富者に対する恨…

旧約聖書がわかる本/並木浩一・奥泉光

並木浩一元日本旧約学会会長と奥泉光(ICU卒)の対談による旧約聖書の解題。 最後はヨブ記。ヨブは最後、神との対話を経て、(応報原則が当てはまらない)善人にも災厄が降りかかる現実を受け止め、神の責任を問うことをやめて神を全面的に受け入れる。応報原則…

まっとうな政治を求めて/マイケル・ウォルツァー

著者はコミュニタリアン。現在の政治状況における「形容詞としてのリベラル」の重要性を説く。(保守とリベラルというような名詞でなく、)新しいポピュリズムと闘うリベラルな民主主義者、権威主義に反対するリベラルな社会主義者、反ムスリム等排外主義的ナ…

中国の死神/大谷亨

中国の死神「無常」とは、中国民間信仰(仏教・儒教・道教と直接は関係しない)の領域の鬼神であり、死者を鬼界へ導く勾魂使者。様々なバリエーションがあり、ユーモラスな趣もあるのだが、長い舌をダラリと垂らすなどそのビジュアルが強烈で、何やらそれだけ…

私の文学史/町田康

町田康の自分語り。高尚な言葉、建前の言葉と卑俗の言葉、本音の言葉。前者は欺瞞の言葉、後者は公にすると面白くなる。 詩は、わからんけどわかるもの。重大なことを書くと面白くなくなる、 文体は、その人の意思そのものであり(癖ではない)、工夫している…

武器になる哲学/山口周

ビジネスシーンなどでの活用を意識した50の哲学・思想についてのいわば箴言集。▼知らないものや認識を新たにしたものも多く、興味深く読んだ。▼このようなビジネス書が役立つかどうかは結局読者の意識次第で、私にとっては猫に小判であることは分かっていて…

進化的人間考/長谷川眞理子

我が国の進化心理学の第一人者による分かりやすい概説。 昨今は、性差についての研究は、性差別の問題と密接に関連するが故に議論が感情的となり、研究自体も減少しているという。人間の性差について客観的な評価は可能であり、研究者が偏見を持っていたとし…

暇と退屈の倫理学/國分功一郎

人々は豊かになって暇を得たが、文化産業が人々に産業に都合のいい楽しみを提供し、労働者の暇を搾取している。これは人が退屈を嫌うから。なぜ人は暇の中で退屈してしまうのか。暇の中でいかに生きるべきか、退屈とどう向き合うべきか(暇と退屈の倫理学)。 …

ジェンダー格差/牧野百恵

ジェンダー格差についての実証経済学、すなわち統計学を使って因果関係(≠相関関係)を厳密に示すエビデンスを提供する研究を紹介するもの。 因果関係の証明は結構大変で、相関関係を因果関係と見誤ってエビデンスと捉えると政策の方向性を間違えかねない。 男…

科学と資本主義の未来/広井良典

著者によると、本書は、社会システム、制度・政策論中心の「人口減少社会のデザイン」、哲学的、思想的考察中心の「無と意識の人類史」に続く、両書を架橋する書としての3部作の最終作。前2作を読んだ者には、その著者の考え方を確認し、また理解が深まるも…

自由からの逃走/エーリッヒ・フロム

学生の頃読んだような気がするが、書棚に飾っただけだったか?今回も一応読んだが、きちんと読んだとは言えない。 中世の桎梏を脱して自由を得た市民は、その孤独・無力に耐えられず、自由から権威主義(=サド/マゾ)へと逃走、ナチスを産む(乱暴なまとめ)。 …

日本のカルトと自民党/橋爪大三郎

タイトルはややミスリーディング。本書は、カルトに限らず宗教団体とその政治行動(信者の投票行動)の問題点を指摘するもの。主に取り上げられるのは、統一教会のほかは、生長の家/日本会議、創価学会/公明党であって、これらは著者の定義からしてカルトとは…

自然、文化、そして不平等/トマ・ピケティ

「21世紀の資本」は、"資本収益率(r)>経済成長率(g)であるため、富は資本家へ蓄積され、格差を生む。その是正のための再配分が不可欠"という程度しか知らないが、大著でもあり、読むつもりはない。楽をしてピケティの考えの一端に触れようと思って2022年…

夜と霧/V・E・フランクル

今更ながら。 精神医学、心理学の古典という理解だったが、本書は人間とは、生きるとは何かということを突き詰めるいわば哲学書のようだ。 大方の収容者は、収容所を生き延びる(生きしのぐ)ことができるかということ、すなわち、生き延びられなければこのす…

言語の本質/今井むつみ・秋田喜美

子どもはどのようにして言語を習得していくのか。オノマトペのアイコン性、アブダクション(仮説形成)推論の連鎖、ブートストラッピングサイクルよる知識の爆発的な増加など、その機序の探求過程はエキサイティングだ。対称性推論バイアスを持ち、アブダクシ…

2030年中国ビジネスの未来地図/チョウ・イーリン

これからの不動産市況なども含めてのママクロ経済の行方とその影響とかも含めての近未来予測を期待していたこともあって、最新の消費トレンドと企業の対応といったあたりがメインとなっている本書は、期待はずれ。ズレた期待をする方が悪いけど、ここで書か…

思考停止社会ニッポン/苅谷剛彦

コロナ禍で言われた「自粛」という言葉には、戦時下など過去の経験が知識として社会認識に加わり、自粛の要請といった妙な表現につながっている。自粛による行動統制は成功体験となったが、この体験が、同調圧力といった言葉で納得、思考停止してしまう日本…

コロナ後の世界を生きる/村上陽一郎編

2020年7月初版というコロナ禍の衝撃冷めやらぬ、先の見えない状況(初めての緊急事態宣言解除が5月25日、7月下旬から第2波)で上梓されたもの。もっと最近のものと思って借り出したのだが。 24人の提言が掲載されているが、印象に残った提言などをメモ。 村上…

核戦争、どうする日本?/橋爪大三郎

中国は台湾に必ず侵攻する。ただ、中国は失敗した時のリスクの大きさも理解している。戦力バランスは次第に中国に有利になることなどから、中国は急いで開戦する必要もないが、タイミングを計っている(いつ侵攻してもおかしくない)。 台湾有事は周辺事態であ…

歴史のダイヤグラム/原武史

副題は鉄道に見る日本近現代史。鉄道ファンである著者の個人史的なものも含まれているが、初出が朝日新聞日曜版に掲載されたコラムということで、肩肘張らないちょっと気の利いた読み物になっている。 72年の浅間山荘事件で政治の季節は終わったとも言われる…

ニッポン美食立国論/柏原光太郎

人口減必至の日本の内需を支える観点からも観光立国が唱えられ、オーバーツーリズムの弊害などから団体客より富裕層をいかに呼び込むかが課題とされている。 本書のいう美食立国は、これを食の観点から進めようというもの。フーディーと言われる美食オタクの…

客観性の落とし穴/村上靖彦

本書の帯やキャッチコピーは、ややミスリーディング。ポイントは一人一人の経験、声から社会を、制度を作っていくことの重要性を説くもの。 科学の進展に伴い、客観性、数値に価値が置かれることにより、人間の序列化が進み、差別、排除の問題を生んでいる。…

出世と恋愛/斎藤美奈子

斎藤美奈子の文芸批評は、切り口/補助線の引き方や見立ての面白さと歯に衣着せぬ語り口で毎度楽しめる。本書でも、まあ上品とは言いかねるけれど、啖呵の切れ味は見事だ。 青春小説(立身出世小説)の王道は「告白できない男たち」、恋愛小説の王道は「死に急…