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読書備忘録です。

李陵・山月記/中島敦

中国の古典を題材とした「山月記」「名人伝*1」「弟子*2」「李陵*3」の四篇を収める。昭和16、17年に書かれたもの。著者は、17年に34歳で喘息のため亡くなっている。
「尊大な羞恥心」が人を虎に変える。

人間であった時、己は努めて人との交を避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。(山月記より)

李陵・山月記 (新潮文庫)

李陵・山月記 (新潮文庫)


105円@ブックオフ

*1:不射の射

*2:孔子とその弟子子路のエピソード

*3:漢代、匈奴の虜となり、武帝の非情もあって匈奴の手助けをする李陵を、いわば李陵の巻添えを食って宮刑に処せられる司馬遷、李陵と対照的な蘇武と対比的に描く。