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読書備忘録です。

黒檀/リシャルト・カプシチンスキ

池澤夏樹編集の世界文学全集の1冊。1998年に上梓されたものの本邦初訳。アフリカのルポルタージュで、小説ではないが「間違いなく文学である。」として全集に採られている。池澤夏樹は、ノンフィクションよりルポルタージュの方が、著者その人の思想や完成が前面に出てくるので、ジャーナリズムより文学に近いというのだが、なんか私のイメージとは異なる。ただ、本書が、まさに文学であることに異存はない。

  • アフリカ式時間の観念…「集会は、いつでつですか」と訊ねるのは、ナンセンスだ。答えは…「みんなが集まった時ですよ」
  • 大飢饉の原因は、食糧不足では、けっしてなかった。…旱魃の来たとたん、食品の価格が急上昇し、貧しい農民はそれが買えない。…政府が介入しようとすれば、そうできたはずだし、国際社会に援助をも呼びかけることもあり得た。だが、その手を打たなかった。国内に飢饉ありと認めれば、体面が傷つくとの理由からである。国外からの援助は、拒否された。皇帝ハイレ・セラシエはエチオピアが百万の餓死者を出したことを隠し続けた。
  • 問題の根源は、異常に膨張する街々を満たす数千万人の離村人口だ。都会に移住してはみたが、住む場所も仕事もない。ウガンダでは、こういう都市住民を「バヤイェ」と呼ぶ。所在なく無為、なにを待つとも知れず、どう食べているかも不分明、ひたすら、ぼんやりと過ごす。根無し草。それがバヤイェの特徴だ。…なんとか生き、なんとか眠り、たまには、なんとか食い物にありつく。難しく言うなら、実存の幻想性、非持続性。…そして、アミンは、バヤイェの典型である。
  • (政府軍、パルチザン組織(SLPA等)に続く第三の武装勢力が)民兵と総称される擬似軍隊組織で、若者(子どもも多い)から成り、成員の総数は知れない。部族や氏族ごとに部隊を組むから、各地元の族長・長老の指揮下に置かれる。厄介なのは、族長らが時の状況しだいで協力の相手方を政府軍としたり、逆にSPLAに切り替えたりと不安定なことだ。民兵なるものは、近年のアフリカに生まれた新品種である。この新組織兵力は、無政府主義的で好戦的な性格を特色とし、アフリカ諸国でその勢力は増大の一途を辿っている。…だが、これら一切の戦闘兵力(…)は、いったい、だれを相手に戦っているのか。…多くの場合、攻撃対象は、身近な自国民、つまりは丸腰の人々、それも女、子どもである。…女、子どもを狙うのは、世界から救援物資が送られる先が、女、子どもであるという理由による。…現地に着いた輸送機の多くは、地元の族長らに積荷を横取りされている。武器を持つものが食糧を得る。食糧のあるところに権力がある。
  • アメリコ・ライベリアン(リベリアに送還された解放奴隷)が自身の経験で知っている社会のタイプは、ただひとつ、奴隷制しかなかい。…従って、新天地に到着して最初に彼らが取った行動は、同様の社会を再現することだった。…リベリア。ここでは、奴隷自身が奴隷制度を引き継いだ。
  • アフリカで独裁者が倒されるたびに行われる、あらゆる取り調べ、リンチ、拷問で、いつも焦点となるのは、独裁者個人の銀行口座番号だ。…この地で政治家とギャングの頭目が同義語だとは、衆目の一致するところである。
  • ウォーロード(戦争貴族、戦争成金)は、士官あがり、元大臣かつての党活動家ないし、その他の、金と権力の亡者である。良心の呵責を一切感じず、残酷無比で、国家の崩壊(自身もそれに一役買ったし、いまも買っている)を利用して、国土の一部を切り取っては私設のミニ国家を作り、そこに独裁体制を敷く。多くの場合、ウォーロードは、この目的のために自分の属する氏族や部族を利用する。ウォーロードは、アフリカに部族や人種の違いによる憎しみの種をまく。
  • (ウォーロードが略奪しつくした、利益の源泉が枯れたと認める瞬間、)いわゆる和平プロセスが始まる。戦っている両サイドが会議の場に招かれ(いわゆる紛争当事者会議)、協定にサインし、選挙の日程を決める。世界銀行はそれを受けて、彼らに各種の借款を認めたり、支払猶予を与えたりしてくれる。これでウォーロードはますます金持ちになる。
  • アフリカ文化は、交換の文化だ。…このような文化では、すべて贈り物という形式を取る。見返りが必要な贈り物だ。もらったのにお返しができない場合、それはもらった側にとって重荷となり、良心の呵責が生じ、不幸、病気、死に至ることさえある。従って、贈り物を受け取ることは、すぐにお返しをすべき…とのサインだ。いただきます、お返しします!というように。
  • トゥアレグ族は、永遠の放浪の民である。…囲むという行為をトゥアレグは目の敵とし、障壁はぶち破り、仕切りはぶち壊す。…(大旱魃が起きると)トゥアレグは放浪の旅に出る。それが争いごとの源となる。
  • アフリカ人には集団主義的な性向があり、みんなの生活に関わることなら、なんにでも参加しなければならぬ、と強く思っている。どんな決定にも集会を開き、…伝統的には、どんな決議も全会一致でなければならない。もし、だれか違う意見の者があれば、多数派はその人が意見を変えるまでずっと説得する。時にはそれが延々と続く。

こういう引用のほかにも、想像を絶する猛暑や巨大なゴキブリなどのいる宿、マラリヤによる苦しみなどの体験などを通じて、アフリカを感じることができる。ただし、著者がいうように、アフリカには何千もの側面があり、分かったような気になるのは危険なのかもしれない。

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)