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HONMEMO

読書備忘録です。

海軍主計大尉小泉信吉/小泉信三

 慶應義塾の塾長であった小泉信三による戦死した息子信吉のメモワール。おおよそ30年ぶりの再読。
 出征に当たり、著者は、息子信吉あての手紙に次のように書く。

 君の出征に臨んで言って置く。
 吾々両親は、完全に君に満足し、君をわが子とすることを何よりの誇りとしている。僕は若し生れ替って妻を択べといわれたら、幾度でも君のお母様を択ぶ。同様に、若し我が子を択ぶということが出来るものなら、吾々二人は必ず君を択ぶ。人の子として両親にこう言わせるより以上の孝行はない。君はなお父母に孝養を尽くしたいと思っているかも知れないが、吾々夫婦は、今日までの二十四年の間に、凡そ人の親として享け得る限りの幸福は既に享けた。親に対し、妹に対し、なお仕残したことがあると思ってはならぬ。(略)
 今、国の存亡を賭して戦う日は来た。君が子供の時からあこがれた帝国海軍の軍人としてこの戦争に参加するのは満足であろう。二十四年という年月は長くはないが、君の今日までの生活は、如何なる人にも恥しくない、悔ゆるところなき立派な生活である。お母様のこと、加代、妙のことは必ず僕が引き受けた。
 お祖父様の孫らしく、又吾々夫婦の息子らしく、戦うことを期待する。

 また、弔問に訪れた武井主計中将が「私は嘆く」と咽びつつ、霊前に供えた歌
   一筋にいむかふ道を益良夫のゆきてかへらぬなにかなげかむ
 信三は、このうたを人の親の心を打ち、慰め励ますものがあるといって好んだ。
 そんな「お国のために死んだのだから」ということでもある。ただ、戦争はどうだこうだではなくて、より普遍的な父の愛情そのものが静かに感じられて、涙を禁じ得ない。

海軍主計大尉小泉信吉 (文春文庫)

海軍主計大尉小泉信吉 (文春文庫)