HONMEMO

読書備忘録です。

分水嶺/河合香織

SARS新型インフルエンザなどの経験がありながら、危機管理体制が不十分だった(政府側の言い方では危機管理を重要視する文化が醸成されてこなかった)ために、新型コロナの初期対応において、専門家たちはリスク分析・評価の役割を超えて「前のめりに」行政が担うリスク管理の分野まで対応することになった。そのことによって本来受けるべきもない批判にも晒される。

専門家にも個性もあり、考え方の違いもありで、エビデンスが不十分な場合の取り扱いなど様々な軋轢が見られたが、専門家と行政との間では、ただでさえコミュニケーションが難しいところがあるのに、専門家がリスク管理の分野にまで対応しているがゆえに、無謬性の立場と失敗を認める科学とのスタンスの違いやパターナリズムとインフォームド・ディシジョンの考え方の違いなどによって、あらゆる場面で大きな軋轢が生じた。

そんな中で、尾身氏の、芯は強く、粘り強く説得するが、何が一番重要なのかを考えて、妥協するところは妥協するパーソナリティが、何とかかんとか日本のコロナ対策をここまで支えてきたと言えるのではないかと思わせる(本書には登場しないが、ダイヤモンドプリンセスに乗り込んで騒いだ学者が何と小さく見えることか)。一方で御用学者といわれ、他方で経済実態をわからない専門バカのように批判され、実際、後々結果的に失敗であったと評価される判断があったにしても。

専門家の与り知らないところで出された学校一斉休校やマスク配布などは論外だが、対策の多くは、これら様々な立場の専門家や行政に携わる人々の真摯な議論、調整の結果なのだが、批判も大きいのは、リスクコミュニケーションの難しさというところもあるのだろう。

本書、著者は、できる限り自分の存在や考えを文中に出すことなく、それぞれの取材相手の葛藤や思考を記録するように努めたという。安直な批判ばかり耳にすることが多いだけに、そのスタンスが好ましい。