HONMEMO

読書備忘録です。

告白/旗手啓介

1993年カンボジアPKOでの文民警察官の殉死をめぐるドキュメント。NHKスペシャルの取材をもとにまとめたもの。

PKOは、紛争当事国間に停戦合意が成立していることを前提としている、すなわち現地は安全であることを原則(建前)としていることから、要員は、武力攻撃を受けた時のための装備自体もそうだが、そのような事態への訓練や心構えも不十分なまま、現地に送られる。

しかも、紛争状態となれば撤収することがPKO5原則には示されるが、実際、UNTACの他の国が撤収しない中で日本だけ撤収するなどということは、基本的にはあり得ない。現場が日本政府でなくUNTACの指揮に従わなければならないことも当然のことだ。

したがって、日本政府、UNTACは、日本人ボランティアや文民警察官が襲撃されて死亡してからでさえ、ポルポト派の停戦合意違反の攻撃であるとは認めず、未確認の武装勢力によるなどとして、情報を歪曲、隠蔽し、紛争状態ではないと説明する。

しかも、日本では自衛隊の海外派遣ばかりが注目され、このため、自衛隊は比較的安全な場所へ派遣されるが、警察については官僚主義的な手続などもあって派遣が遅れ、結果として危険な場所への配置となった。

また、そもそも文民警察の任務自体、現地警察に対する助言、指導、監視が本務でありながら、現地警察が言ってみれば警察の体をなしていないことから、自らが警察権を行使するかどうかという問題にも直面し、また法の執行機関なのに法自体がないなど、任務の遂行にも戸惑わざるを得ないという状況、すなわち、一体何のためにここにいるのかすらあやふやな状況だった。

このような状況だから、現場の不満、怒りは当然で、恐れていたことがそのとおりになってしまったということになる。

ことの本質は、本邦では、危険を冒してでも(死者が出ることが想定されても)、国際平和協力を行うべきであるということについて、明示的な国民的合意がなされていないことにあるのではないか。そのような合意の下であってこそ、危険をリアルに認識して徹底的な安全対策が検討、講じられることになるのではないだろうか。

当時国際協力本部本部長だった柳井俊二は、国際平和協力が我が国不可欠の取組みであることを強調した上で、「与党側、政府側もとくに政治家の場合、現実を言わないというか、反対派があまりにも強硬に反対するもんだから、現実的なことを正面から言うのがはばかられるというところがあるのかもしれません。ただやっぱり現実は現実なので、ちゃんと直視しないといけないと思います。それは覚悟といえば覚悟かもしれません」と言う。国会審議が不毛なのはこのように現実を直視した議論が行われないためではないかと思う。

本書は、検証がきちんとされていないことを問題としている。本質的な認識が変わらない中にあっても、現場の安全対策等について検証できることはしっかりとやっておく必要があることはもちろんだ。

カンボジア以降東チモールの3人を除いて文民警察は派遣されていないという。これは現下の基本認識の下では文民警察は派遣できない(という検証の結果?)、武装した自衛隊に行ってもらおうということなのかもしれないが、自衛隊派遣にしても基本的な問題は解決されてはいない。

本書は涙なしには読めない。国際平和協力は、犠牲を払うことがあってもやらなくてはならない重い取組みではあるが、犠牲を最小限にするためにも、高田さんの死を無駄にしないためにも、現実、危険から目をそらさず、しっかりと議論する必要があるのだろう。