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読書備忘録です。

「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか/今井むつみ

著者の本は3冊目。ということもあり、本書の中身は分かったつもりではあるが、それもまた、私のスキーマを通してのもの。

信念バイアスにとらわれていないか、といって相対主義の認知バイアスの罠に嵌まってもならない。これは言うは易くだが、なかなか難しい。これだけではなく、いろいろ分かった。私のスキーマを通してだけれども。

 

 



忙しい人のための美術館の歩き方/ちいさな美術館の学芸員

コロナ後、美術館への来館者数が戻らない。

美術館は、コスパ、ダイパの対極にあり、直ちに何かに役に立つものでもないことが美術館離れの原因とする。ビジネスエリートに必要な教養という商業主義にも限界がある。人気のイマーシブ展覧会についてはいわば二次創作的なものの持つ限界があり、またここまで分かりやすく演出しないと作品の魅力は伝わらないのかという思いもあると。

時代に、また人の心に余裕のある時に美術が美術として享受されうる。一方、不要不急の代表とされた美術館が変わらず展覧会をやっていることが人の心に余裕を取り戻す助けになるのではないか。

美術鑑賞は、コンテンツの消費ではなく、登山や旅行のような体験であるところに価値がある。だからオンライン鑑賞には限界がある。

美術館を楽しむ方法は、まずざっといい加減に見て、琴線に触れたコーナーに集中すること。美術館を教養を身につける場と考えて解説を一から読んでいくような鑑賞スタイルは楽しくなくなる。

自分の心が動くかどうかに集中して作品を見ると、自分にとって意味ある発見をする体験が生まれる。

美術館はマインドフルネスにうってつけの心に余白を作る場である。

主体的な鑑賞をするために、メモをとり、SNSなどで発信することを推奨。これはちょっと難儀。

 

 

 

「イスラエル人」の世界観/大治朋子

イスラエルにとって、2023年10月のハマスの大規模攻撃は私が思っている以上に衝撃的だったようだ。過剰な報復は、みせしめの集団懲罰などの理不尽な行為にも及び、一方、戦闘の経験や抑圧的な体制は、約1/3がPTSDという社会を生む。3,000年前に成立したユダヤ教の教義は今なお多くの人々に浸透していて、「約束の地」が妥協を妨げるなど軋轢の原因ともなっている。

ディアスポラやホロコーストの民族としての記憶は恃むのは自らだけという頑なな態度を生む。

中長期的に安定的な平和をもたらすためには、ユダヤ系、パレスチナ系の交流によって相互の理解を促す取組が重要で、これをナイーブなものとして軽視してはいけないのだろう。気が遠くなる取組のようにも思えるけれど。

 

 



新書世界現代史/川北省吾

冷戦終結後の現代国際政治の潮流を新書一冊でポイントを押さえて分かりやすく解説していている。

「ダボスマン」支配がリビジョニズムに立脚するストロングマンを生み、伝統主義、権威主義が欧米民主主義世界を侵食、勢力圏を拡大するための「力こそ正義」が新常態となりつつあるのではないかという理解はたぶんそのとおりで、トランプは一過性のものではないのだろう。

そのような中で、拒否権行使の説明責任を粘り強く働きかけて拒否権行使を制限し、また影響力を削ごうとするウェナウェザーによる国連安保理改革は国連総会の機能を見直すものとしても高く評価されるべきと思う。

 

 

 

日本政治思想史/原武史

丸山眞男らを参照しながらも天皇や鉄道あるいは団地などの著者得意の対象から政治思想を探るユニークな著作。

三島由紀夫は、明治以降の政治概念としての天皇制のほかに文化的概念としての天皇制=「みやび」があり、その中に、本来「たをやめぶり」だけでなく、天皇のために蹶起するような「ますらをぶり」が含まれているはずなのに、戦後、行幸が閲兵などがなくなり「皇后化」、週刊誌天皇制となっていることを憂い、自衛隊と天皇をつなげてますらをぶりを復活させようとしたのだと。

 

 

 

空をゆく巨人/川内有緒

世界的な現代美術界の巨人蔡國強といわきの実業家で無名の頃から蔡國強を支える志賀忠重をめぐるノンフィクション。

2人の自由を愛し、常識にとらわれず、その瞬間を楽しもうとする気性であったり、蔡國強とその作品作りを支えるボランタリーないわきチームの醸す暖かさが爽やかな読後感をもたらす。

万本桜の一本に名前を連ねたい。

2018年上梓。開高健賞

 

 

 

国際政治/高坂正堯

国際政治学の基本テキスト。今更ながらに読む。

価値体系の異なる主権国家からなる国際社会においては、国際法を強制力を持って遵守させることに限界があり、安保理は機能しない。だからといって国連が無意味ということではなく、各国のコミュニケーションを維持する場として重要であり、また、国連総会における国際世論形成は大きな影響力を持つ場合もある(せいぜいその権威の下に停戦を維持させるくらいのものだとしても)。また国連の専門機関(ユネスコやWHOなど)の活動も重要。

平和をもたらす国際機関を作ることは、実現不可能で、結局国際平和は、各国の行動に俟つことになる。平和をもたらす国家の基準の一つは、専制の対極として権力が制約されている国家(カントのいう共和制)であるが、それで国際平和が実現できるものではない。

結局のところ、平和のためには各国が自国の理念、利益を守りつつ国際機関の権威を高めるよう行動することしかなく、国家目的を追求するに当たって悪循環を起こさない選択をすることが現代の政治家にとっての最小限の道徳的要請であると。

なお、現実主義(リアリズム)とは絶望から出た権力政治政治のすすめではなく、対立の原因はやがて別の手段で解決するという希望を捨てていないのだと。

学生の頃は坂本義和の唱える段階的一方的(核)軍縮に共感したのだが、高坂氏の批判は的を射ていて、それはなかなか実現するものでもない。