HONMEMO

読書備忘録です。

学術・教養

イタリアのテリトーリオ戦略/木村純子・陣内秀信編著

イタリアにおいて、テリトーリオとは都市と周辺の農村が密接に繋がり、支え合って共通の経済・文化のアイデンティティを持ち、個性を発揮してきたそのまとまりをいう。歴史的建造物、街並みを核として都市から広がるもの、GIに代表されるような農産物や自然…

戦狼中国の対日工作/安田峰俊

最近の中国の極めて攻撃的な主張や自国を過剰に賛美したり、ディスインフォメーションの流布を繰り返す「戦狼外交」や「海外派出所」を通じる対日工作は、したたかな中国の表れなのか。 戦狼外交を担う外交官の多くは田舎者気質の迎合的出世主義者であり、脇…

外交官の一生/石射猪太郎

日中戦争時に東亜局長、ビルマ大使で終戦を迎えた外交官の自伝。陸奥、小村、幣原、重光ほど有名ではないけれど(寡聞にして知らなかった)、気骨ある外交官だったようだ。 国際協調主義、平和主義、対華善隣主義という当時の霞ヶ関の正統外交は時間をかけて形…

日本人と日本文化/司馬遼太郎・ドナルド・キーン

司馬遼太郎とドナルド・キーンの対談。キーンが後書で書いているように、汽車の中での雑談を立ち聞きするような楽しさがある。 キーンの日本文化特に江戸文化についての見識の深さについては改めて感心する。文化を対象としているから司馬遼太郎よりはキーン…

野の古典/安田登

著者の能についての著作は2冊ほど読んですごく面白かった記憶がある(忘れてるけど)。本書は幅広く古典を扱う。 多くの人が能を退屈に思うのはある意味当然。能のもつ残念(残った念)の鎮魂、癒しの力は、経験豊富な人ほど響く。これは古典一般に通じるところ…

テレビ局再編/根岸豊明

ネットとの競争や地方の人口減少などによる疲弊で、民放ネットワークは維持できなくなり、地方局再編が進むのではないかというのだが。 私が重要と考えるのは、ネットの持っていない、地方における新聞を含めての取材能力(体制)が維持されること。統合で報道…

目的への抵抗/國分功一郎

自由は目的に抵抗する。人間が自由であるための重要な要素の一つは目的に縛られないことであり、目的に抗するところにこそ人間の自由がある。 メルケルはその経験に基づき「移動の自由」の重要性を強調した上で政治家として命を守るという目的のためにその制…

財政と民主主義/神野直彦

民主主義は選挙権の行使だけでも、デモに参加することだけでもない、何より公共の問題を解決するために自発的に組織された団体(アソシエーション)に参加することが重要。 北欧などの「参加型社会」では、投票率も高く、財政(支出と負担)に対して納得感のある…

聞き書緒方貞子回顧録/緒方貞子 野林健・納家正嗣編

緒方貞子のオーラルヒストリー。初出は2015年。 国連難民高等弁務官、JICA理事長として活躍されたことは無論知っていたが、その具体的な人となりや事績を知ると、そのあまりの大きさに圧倒される思いがする。 本書と並行して読んだ「悩んでも迷っても道はひ…

中国農村の現在/田原史起

農村社会学研究者によるフィールドワークによる現代中国農村についての考察。 中国は非常に古くから封建制、身分制を脱し、中央集権制の下にあったことに一つの特徴があり、自己責任意識と社会的上昇意欲が顕著。血の流れを継ぐとともに栄達を希求する「家族…

資本主義の次に来る世界/ジェイソン・ヒッケル

資本主義は、自然を、外部(グローバルサウス)を収奪し、成長を続けることを本質とする。そのため、必然的に生態系・地球環境を破壊し、既に危機的状況。解決には、成長を止めるしかないが(グリーン成長は根本解決にならない)、北の高所得国は人々の生活を向…

劇的再建/山野千枝

家族経営の中小企業の後継者難が課題となる中で、いわばベンチャー型事業承継という形で会社を発展させていく経営者(アトツギ)がいる。このような事業承継においては、親などの旧経営陣との確執や資産というより負債を継承して出発しなければならない場合、…

商店街の復権/広井良典

レーガン政権登場後、新自由主義的経済政策がグローバリズムとして世界を席巻する中で、日米構造協議などにより日本は大店法改正や農業の自由化などを推し進め、結果として、シャッター商店街や耕作放棄地を生むことになった。 日本の地方都市の現状は政策の…

漱石文明論集/三好行雄編

日本は維新後、文明開化として西欧近代文明を受容していくが、漱石は、日本の開化(近代化)の進展は内発的でなく、外発的で皮相的(取ってつけたように西洋のものまねをしようとしているだけ)だと批判する。 また、漱石は、英国留学中、英文学研究の意義を突き…

若者のためのまちづくり/服部圭郎

高校生をターゲットとして、まちづくり、まちの楽しみ方や改善の視点などを説く。10年以上前のものだが、今も古びず、おじさんも楽しく読める。歩いて楽しめる、自転車で自由自在に移動できる、ライトレールなど公共交通の復権、空地などのレジャー空間、サ…

犬と鬼/アレックス・カー

「美しき日本の残像」「ニッポン景観論」「観光亡国論」は、主として日本の国土や文化の美が失われてきたことについて述べるが、本書はより広く、金融や教育なども含め、その要因についても詳しく指摘している(先の3冊はもう詳しくは覚えていないが)。初出は…

近代日本の「知」を考える。/宇野重規

名前を知らないという人はいない、広い意味で関西に関係のあった近代の著名な知識人ら全29人、それぞれ一書一文を象徴的なものとして取り上げつつ、その歴史上の位置付けや現代における意義などについて、ごく短い文章で紹介するエッセイ的な肩の凝らない読…

国を作るという仕事/西水美恵子

20年余りにわたり南アジアを中心として世銀の開発プロジェクトに携わり、副総裁まで務めた著者による各国リーダー評を中心とするエッセイ、リーダーシップ論。 開発途上国の貧困の原因の多くは、腐敗構造などを含めた「悪統治」であり、最終的にはリーダーシ…

幕末維新の漢詩/林田愼之助

江戸時代、漢詩は武士の一般教養だった。維新の志士らの漢詩はあまり知られていないが、この漢詩を通じてその考え方の真実や内面を深く知ることができると。読み下し文、現代語訳もついていて理解するのには十分すぎるほど丁寧なのだが、原文を見て読み下せ…

ダーウィンの呪い/千葉聡

本来のダーウィンの進化論は、進歩(主義)とは無関係、また自然選択は適者生存とは異なるものだが、社会に受け入れられやすい形に都合よく規範化、改変されて、功利主義的経済政策や階級闘争、帝国主義(植民地)政策などの「科学的」根拠とされた(ダーウィンの…

私の体がなくなっても私の作品は生き続ける/篠田桃紅

107歳で亡くなった篠田桃紅の弟子(?)松木志遊宇所蔵のコレクションと桃紅が仕事場で語った言葉による画文集。 篠田の「書は創るものじゃないです。できるものです。」という言葉は、漱石「夢十夜」で、運慶が無造作に仁王像を彫るのは、木の中に埋まっている…

「協力」の生命全史/ニコラ・ライハニ

細胞レベルから個体、家族、大規模集団まで、生物が協力により環境に適応してきた事例などを幅広く紹介。小さな集団(近い関係)では協力が行われやすいが、大きな集団(遠い関係)では難しく、大規模な協力が必須の地球環境問題などは困難な課題。 ヒトの繁栄は…

居るのはつらいよ/東畑開人

ケアとセラピーは似て非なるもの。ケアは「傷つけない。ニーズを満たし、支え、依存を引き受ける。そうすることで…平衡を取り戻し、日常を支える」。ケアの必要な人は社会に「いる」のが難しい人たち、従って、ケアラーは「いる」のが難しい人と一緒に「いる…

イノベーション・オブ・ライフ/クレイトン・クリステンセン

御説は至極ごもっともで、本書の理論を自家薬籠中の物として、折々に適用していれば、私も成功したキャリアを歩み、一廉の人物となり得たかもしれない。 家族には恵まれて幸せな人生ではあると思うものの、自らの主体的判断によってそれが得られたという実感…

中継地にて/堀江敏幸

回送電車は11年ぶりで、VIということ。新作が出るのを気にして待っている作家なのに、IVもVも読んでおらず、一体いつの間に出ていたのかと狐につままれた感じ。回送電車とは、評論でもエッセイでも小説でもないような文章の表象なのだが、そもそも著者の文章…

校閲記者も迷う日本語/毎日新聞校閲センター

ネット記事の日本語にうんざりすることが多い中で、新聞の日本語はこういう人に支えられているというべきなのだろう。 校閲記者ですら迷うという言葉遣いや表記の仕方など、違和感を感じる(じゃなくて違和感があるか)と思っても、自分の感覚の方がおかしいの…

経済学の宇宙/岩井克人

著者の研究人生に焦点を当て、その研究内容を俯瞰するオーラルヒストリー。 経済理論は私には難解だが、氏の不均衡動学理論は、長く主流であった超新古典派的な「動学的確率的一般均衡」モデル(現実経済が大恐慌に突入しようがバブルで加熱しようが、それは…

イスラエル/ダニエル・ソカッチ

イスラエル・パレスチナの歴史は、平和共存の合意ができる(できそうになる)と、妥協を拒む原理主義者らが暴力や無神経な挑発によってぶち壊す。暴力はこれに報復する過剰な暴力を生み、事態を悪化させるという繰り返し。 右傾化・強権化を強めるネタニヤフ政…

音楽学への招待/沼野雄司

著者曰く、音楽学は融通無碍。和音とかメロディの分析?みたいなことかと思ったが、全く違ってその言葉からイメージするものよりはるかに幅広い内容を含む。 紹介されるのは、 音楽史学 駄作という定評のワグナーの「アメリカ独立百周年行進曲」の成り立ちと…

テロルの原点/中島岳志

2009年上梓の「朝日平吾の鬱屈」の改訂文庫版。安田財閥の創設者安田善次郎を暗殺した朝日平吾は、自尊心ばかり高く、何事にも他責的で、承認欲求が強い。北一輝の影響下に設計主義的な革新的日本主義を掲げ、「労働ホテル」構想の挫折等から富者に対する恨…