2009年上梓の「朝日平吾の鬱屈」の改訂文庫版。安田財閥の創設者安田善次郎を暗殺した朝日平吾は、自尊心ばかり高く、何事にも他責的で、承認欲求が強い。北一輝の影響下に設計主義的な革新的日本主義を掲げ、「労働ホテル」構想の挫折等から富者に対する恨みを募らせ、安田を殺害、自殺する。この事件は北一輝に賞賛されたことなどもあって反響を呼び、革新的日本主義者によるテロの連鎖を生み、二・二六事件に至る。橋川文三は、朝日のテロの動機がかつての右翼志士と異なり、個人的な「怨恨と憂鬱」や「単に人間らしい生き方」をしたいというナイーブな欲求に基づいていること、また、朝日のパーソナリティの特徴は、「その感傷性とラジカルな被害者意識の混合」であり、「彼の不幸感は理不尽異常な攻撃衝動となって現れており、精神病理的様相さえある」とし、このような感受性が大正期テロリストに多く共通して見られると指摘する。
著者は、赤木智弘の「丸山眞男をひっぱたきたいー希望は、戦争」は、朝日平吾の鬱屈に似ており、格差社会における潜在的な鬱屈が、具体的な暴力となって現れることを懸念する中で、秋葉原連続殺傷事件が起きたことを契機として本書を執筆したという。テロの連鎖が起きないよう、多くの人の居場所を作り、承認格差が是正されるような社会のあり方を構想し、社会的包摂や地域社会の相互扶助を本気で考えるとともに、朝日平吾以降のテロを生んだプロセスを見つめ直す必要があるとする。
そして、安倍元首相殺害事件が起き、懸念が現実になった今、テロの連鎖が警察、監視権力の強化、言論の自由の弾圧へとつながった歴史を振り返る必要があると。