主人公デヴィッドは、2度の離婚経験のある大学准教授で、教え子に手を出してケープタウンの大学を追われ、農園に一人住むレズビアンと思しき娘ルーシーのところに転がりこみ、近くの動物病院で犬の安楽死、死体の焼却などを手伝いはじめますが、ある日、3人組の暴漢に襲われ、頭をやけどさせられるわ、ルーシーは輪姦されて妊娠するわ、という酷い目に合います。
そもそもセクハラに対しての査問委員会からして、デヴィッドは罪を認めているのに無理矢理陳述書を書かせようとしたり、理不尽な感じがするのですが、ルーシーの農園の元使用人であるアフリカ人の隣人が、暴漢の一人であった少年を保護し、ルーシーを(3人目の)妻にすると言うのに対し、ルーシーがこれを受け入れるというところなんかは、私の感性では全く理解不能で、すごくイライラするのです。まともなのはデヴィッドだけ(女たらしではあるけれど)、その他の人間はみんながみんなヘンに思えるのに、どうもデヴィッド一人が理解されていないというこの不条理は一体何なのか…。慣れ親しんだ西洋的価値観が全く通じないことから来るいらだちなのでしょう。訳者あとがきによれば、ブッカー賞審査委員長は「力の発信源が西欧から離れていく新世紀を予感させる、ある意味で千年期(ママ)にふさわしい作品」とコメントしたということです。
読後感は良くありません。優れた作品だからこそなのでしょうけれど。
解説は野崎歓
- 作者: J.M.クッツェー,J.M. Coetzee,鴻巣友季子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/07
- メディア: 文庫
- 購入: 15人 クリック: 88回
- この商品を含むブログ (48件) を見る