HONMEMO

読書備忘録です。

居るのはつらいよ/東畑開人

ケアとセラピーは似て非なるもの。ケアは「傷つけない。ニーズを満たし、支え、依存を引き受ける。そうすることで…平衡を取り戻し、日常を支える」。ケアの必要な人は社会に「いる」のが難しい人たち、従って、ケアラーは「いる」のが難しい人と一緒に「いる」ことが仕事になる。一方、セラピーは「傷つきに向き合う。ニーズの変更のために、介入し、自立を目指す…」。「ただ、いる、だけ」のケアは、効率性、生産性を求める市場のロジックと相性が悪く、お金もつかないし、ケアラーも辛い。

そんなケアの実際を実体験をもとにユーモアある物語風に描く。楽しくケアとセラピーについて理解を深めることができる。

 

 



北関東「移民」アンダーグラウンド/安田峰俊

ベトナム人不法滞在者ら(ボドイ)のコミュニティの迫真の密着ルポ。窃盗、殺人、売春などろくでもない犯罪行為がてんこ盛りだ。アンダーグラウンドの人間模様も読みどころ。

これら眼前の違法行為はキチンと正されるべきだが、これだけアングラコミュニティが広がるのは外国人労働に係る制度の設計・運用にも問題があることは明らか。

著者が言うとおり、このまま労働現場が変わらなければ、このようなコミュニティは拡大を続けるだろう。

技能実習制度の見直しも行われるが、人権問題についての企業の取組の強化は急務(まともな雇用企業・監理団体も存在する)。特に一次産業の現場では外国人労働力は不可欠で、制度の問題もさることながら、究極には日本人のダイバーシティや人権感覚が問われている。

と書いたところで、育成就労制度閣議決定のニュース。中途半端な感じはあるが、まずはというところか。SNSでは自滅したい人たちの声であふれるのだろうな。

 



セラピスト/最相葉月

精神医療、臨床心理学にかかわる多くの関係者を取材、自ら大学院に学び、中井久夫のクライエントとなって箱庭療法風景構成法なども経験。河合隼雄中井久夫という臨床心理学の泰斗の活動をはじめ、カウンセリングの歴史的な発展過程や臨床心理学、精神医療の実際と課題を詳細にレポートする労作。

人間の精神、心理は、本当に複雑で、安易な一般化を許さない。だからカウンセラーは、時間をかけてクライエントに向き合う必要があり、また、経験やクライエントとの相性が重要になる。

精神科医、カウンセラーの仕事の困難、求められる覚悟の重大性がひしひしと伝わってくる。

 

 

 

経済学は悲しみを分かち合うために/神野直彦

宇沢弘文の思想の系譜に連なる財政社会学第一人者の自伝。大企業(日産自動車)の労務担当という経歴を持つ経済学者というのもなかなかいないだろう。

「分かち合い」「共生」を謳うグループの中心人物だと思うが、そのための負担(財政)のあり方についての国民的合意の道筋は全く見えない。今の野党(政権与党もだが)は高福祉、低負担というポピュリズムを増幅させるばかり。野党は昨今のような政治状況の下でも支持率が低迷していることをどう考えているのだろう。ヨーロッパ大陸型、スウェーデン型高福祉社会(共生社会)を目指すことを鮮明にして、財政については、消費増税+所得税の累進強化(富裕層増税)+年金等改革による若年層負担軽減と高齢者負担増というような対立軸を打ち出したらどうか。

政治を観客として楽しむ「観客社会」(ポピュリズム)から、問題解決者として自発的に参加する「参加社会」へと転換しなければ、新しい時代は作れないとの言葉は重い。

 

 

 

イノベーション・オブ・ライフ/クレイトン・クリステンセン

御説は至極ごもっともで、本書の理論を自家薬籠中の物として、折々に適用していれば、私も成功したキャリアを歩み、一廉の人物となり得たかもしれない。

家族には恵まれて幸せな人生ではあると思うものの、自らの主体的判断によってそれが得られたという実感があるわけでもなく、むしろ我が身については恥の多い人生を送ってきた。

本書の価値を汲み取り、幸せで成功したキャリアが歩めるようになるかは、当然ながら、読者次第。人生も折り返し地点をとうに過ぎて自身にとっては猫に小判だが、本書を推薦する冒頭の著名人たちの列に並ぶこととする(しかし帯、カバーでなく本体に推薦文が掲げられるというのも珍しいのでは?)。

 



中継地にて/堀江敏幸

回送電車は11年ぶりで、VIということ。新作が出るのを気にして待っている作家なのに、IVもVも読んでおらず、一体いつの間に出ていたのかと狐につままれた感じ。回送電車とは、評論でもエッセイでも小説でもないような文章の表象なのだが、そもそも著者の文章は、回送電車と銘打たれていなくてもそのような文章が多いから、久しぶりという感じもしない。

口数と口吸う、喜久井町と木喰虫、鱧の皮と刃物川、お文とお踏、自転車と次点者といった言葉の音や文字からイメージがホップしてずれていくような心なごむ小文を集める(I)は「なごみ」という裏千家の月刊誌(?)の連載。(II)は作家あるいは文芸作品をきっかけとしたもの。ここの冒頭に置かれた資生堂のPR誌に掲載された「春の中に春はない」という見開き2ページほどの小文の美しさ、豊かさはどうだろう。コーヒーが3倍美味しくなる。(IV)は追悼文。(III)はなんだろう。いずれにしても章立てにあまり意味はないのだろうが。

 

 

 

イーロン・マスク/ウォルター・アイザックソン

イーロン・マスクの評伝。アスペルガー双極性障害的気質の持ち主で、悪魔モードにある時は傍迷惑この上ない。

本人、休息が嫌いでシュラバ好き、リスクをとりに行くことが大好きで規制が大嫌い。

掲げるビジョンに向けて非常識と言える短い期限を設定し、自ら現場に立って従業員を極限まで追い込み、働かせ、従わない者は片端から解雇する。

そのようにして生み出された技術や製品によって多くの人々が恩恵を受けていることは事実。一方、著者が最後に記すように、歴史的偉業のためなら酷い言動、冷酷な処遇、傍若無人な振舞いも許されるのか、と言えば答えはNOだが、そのような面を抑えたマスクはマスクでいられるのか、というのは確かにあろう。ただ、イノベーションの道は様々あろうとは思う。