高野聖は明治33年の作。妖しくて、艶っぽくて、恐ろしくて、美しい・・・。蛇ののたくる道、山蛭の落ちてくる森を抜けた一軒家にたどりついた若い修行僧は、白痴と暮らす美しく妖しい女と出会う。滝川で汗を流す時に*1世話を焼いたその女は、男を猿や馬など畜生に変える魔物だった・・・
婦人は衣紋を抱き合せ、乳の下でおさへながら靜に土間を出て馬の傍へつゝと寄つた。
私は唯呆氣に取られて見て居ると、爪立をして伸び上り、手をしなやかに空ざまにして、二三度鬣を撫でたが。
大きな鼻頭の正面にすつくりと立つた。丈もすらすらと急に高くなつたやうに見えた、婦人は目を据ゑ、口を結び、眉を開いて恍惚となつた有樣、愛嬌も嬌態も、世話らしい打解けた風は頓に失せて、神か、魔かと思はれる。
(略)
生ぬるい風のやうな氣勢がすると思ふと、左の肩から片膚を脱いだが、右の手を脱して、前へ廻し、ふくらんだ胸のあたりで着て居た其の單衣を圓げて持ち、霞も絡はぬ姿になつた。
馬は脊、腹の皮を弛めて汗もしとゞに流れんばかり、突張つた脚もなよなよとした身震をしたが、鼻面を地につけて一掴の白泡を吹出したと思ふと前足を折らうとする。
其時、頤の下へ手をかけて、片手で持つて居た單衣をふはりと投げて馬の目を蔽ふが否や、兎は躍つて、仰向けざまに身を飜し、妖氣を籠めて朦朧とした月あかりに、前足の間に膚が挾つたと思ふと、衣を脱して掻取りながら下腹を衝と潛つて横に拔けてた。・・・
<泉鏡花を読むというサイト内のtextを活用させていただきました(一部改変しています)。>
原文は総ルビ
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*1:このシーンもなかなかエロティック