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読書備忘録です。

転がる香港に苔は生えない/星野博美

97年中国返還前後の香港の人々の姿を描いた大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。著者は、最後に、

香港の特殊性は、元をたどればほぼほとんどの人がここ以外の土地から流れてきた移民だったという点に尽きる。この場所は永遠ではない。土地も国家も信用に値しない。だからここでできるだけ多くのものを早く手に入れ、さっさと逃げていく。その切迫感が香港の混沌を生み、未曾有の活力を生み出し、土地に必要以上の執着を持たないフットワークの軽い香港人気質を形成した。

とまとめている。これだけの文章であれば、「なるほどね」で、おしまいなのだけれど、それまでに、著者が出会った、付き合った香港の人々がビビッドに描かれていることで、実感としてよく分る。中でも香港の特殊性が典型的に表われているのは、「新移民」差別ともいうべきもの、あるいは大陸中国人への優越感情で、外から見れば、哀しいというか、おぞましいというかではあるものの、人間ってそういうものだよなとも思う。
ノンフィクションにもいろいろなタイプがあって、これは小説で言えば私小説のような感じの作りなのだが*1、著者自身についての記述(カフェのウェイターに対する恋愛感情とか)がうるさく感じられる。
深夜特急」でも、あるいはドン・ウィンズロウのニール・ケアリーシリーズでも、その最も面白い部分の1つは香港が舞台のところなのだけれど、九龍城寨はなくなっても香港の騒々しさ、猥雑さは健在のようだ(少なくとも本書が書かれた頃までは)。

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)


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*1:沢木耕太郎の作品でいえば、「凍」ではなくて「深夜特急」のような作り。