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読書備忘録です。

ダーウィンの呪い/千葉聡

本来のダーウィンの進化論は、進歩(主義)とは無関係、また自然選択は適者生存とは異なるものだが、社会に受け入れられやすい形に都合よく規範化、改変されて、功利主義的経済政策や階級闘争帝国主義(植民地)政策などの「科学的」根拠とされた(ダーウィンの呪い)。行き着いた先がナチスホロコーストだが、優生政策はナチス以前から英国、米国はじめ各国で実施され、日本でも強制不妊を可能とする優生保護法が廃止されたのは比較的最近のことだ。しかし、優生思想(学)の考え方は葬り去られたわけではなく、ゲノム編集などの技術の登場により、いわば新しい優生学として、遺伝子治療や遺伝子強化についての広範かつセンシティブな生命倫理上の課題が議論されるようになっている。

そのような困難な課題の検討に当たっての重要な視点の一つが、科学的事実から価値判断や規範への論理的飛躍、科学を装う分かりやすい説明(ダーウィンの呪い)がディストピアへの道を開いたことを忘れないことである。

進化学の要点とその歴史的展開、現代における課題について、分かりやすく整理されている。

 

 

私の体がなくなっても私の作品は生き続ける/篠田桃紅

107歳で亡くなった篠田桃紅の弟子(?)松木志遊宇所蔵のコレクションと桃紅が仕事場で語った言葉による画文集。

篠田の「書は創るものじゃないです。できるものです。」という言葉は、漱石夢十夜」で、運慶が無造作に仁王像を彫るのは、木の中に埋まっている像を掘り出しているだけだと言うのに通じる、まさに優れた芸術の本質なのだろう。

NHKのドキュメンタリーを見たのはいつだったか。凛とした立ち居振る舞いに感銘を受けた。

 

 

「協力」の生命全史/ニコラ・ライハニ

細胞レベルから個体、家族、大規模集団まで、生物が協力により環境に適応してきた事例などを幅広く紹介。小さな集団(近い関係)では協力が行われやすいが、大きな集団(遠い関係)では難しく、大規模な協力が必須の地球環境問題などは困難な課題。

ヒトの繁栄は、社会的本能(social instinct 本書原題)を備えているからで、協力する性質がヒトの成功にとって極めて重要であることは間違いないが、世界規模の問題に対処するには、本能を超越し、本来の性質と違ったやり方で(見知らぬ人を信頼して)協力する必要があると。

 

 

 

ウィーン愛憎/中島義道

1980年代前半、ジャパンアズナンバーワンなどと言われた頃、4年半にわたる著者のウィーン留学記。

「うるさい日本の私」の闘う中島義道はこの頃から変わらない。というか、氏を形作った(あるいはその闘う姿勢を強化した)のは、ウィーン留学経験であったのか。

当時のウィーン人(西欧人)の日本人に対する差別意識や、非を認めず理屈なく反ぱくする態度、夜郎自大というか自分勝手な振舞いなどに驚き、怒り、その非を指摘し、反論していく。日本人は物事を丸く収めることばかり考えて、平等についての感覚が麻痺し、対等な議論を避けているのではないか。

そのエピソードの一つ一つが異文化体験というレベルを超えて結構衝撃的。40年ほど前という時代背景もあるだろうが。

 

 

 

居るのはつらいよ/東畑開人

ケアとセラピーは似て非なるもの。ケアは「傷つけない。ニーズを満たし、支え、依存を引き受ける。そうすることで…平衡を取り戻し、日常を支える」。ケアの必要な人は社会に「いる」のが難しい人たち、従って、ケアラーは「いる」のが難しい人と一緒に「いる」ことが仕事になる。一方、セラピーは「傷つきに向き合う。ニーズの変更のために、介入し、自立を目指す…」。「ただ、いる、だけ」のケアは、効率性、生産性を求める市場のロジックと相性が悪く、お金もつかないし、ケアラーも辛い。

そんなケアの実際を実体験をもとにユーモアある物語風に描く。楽しくケアとセラピーについて理解を深めることができる。

 

 



北関東「移民」アンダーグラウンド/安田峰俊

ベトナム人不法滞在者ら(ボドイ)のコミュニティの迫真の密着ルポ。窃盗、殺人、売春などろくでもない犯罪行為がてんこ盛りだ。アンダーグラウンドの人間模様も読みどころ。

これら眼前の違法行為はキチンと正されるべきだが、これだけアングラコミュニティが広がるのは外国人労働に係る制度の設計・運用にも問題があることは明らか。

著者が言うとおり、このまま労働現場が変わらなければ、このようなコミュニティは拡大を続けるだろう。

技能実習制度の見直しも行われるが、人権問題についての企業の取組の強化は急務(まともな雇用企業・監理団体も存在する)。特に一次産業の現場では外国人労働力は不可欠で、制度の問題もさることながら、究極には日本人のダイバーシティや人権感覚が問われている。

と書いたところで、育成就労制度閣議決定のニュース。中途半端な感じはあるが、まずはというところか。SNSでは自滅したい人たちの声であふれるのだろうな。

 



セラピスト/最相葉月

精神医療、臨床心理学にかかわる多くの関係者を取材、自ら大学院に学び、中井久夫のクライエントとなって箱庭療法風景構成法なども経験。河合隼雄中井久夫という臨床心理学の泰斗の活動をはじめ、カウンセリングの歴史的な発展過程や臨床心理学、精神医療の実際と課題を詳細にレポートする労作。

人間の精神、心理は、本当に複雑で、安易な一般化を許さない。だからカウンセラーは、時間をかけてクライエントに向き合う必要があり、また、経験やクライエントとの相性が重要になる。

精神科医、カウンセラーの仕事の困難、求められる覚悟の重大性がひしひしと伝わってくる。