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読書備忘録です。

父・こんなこと/幸田文

幸田露伴を看取るまでをしるす「父―その死」、父と娘の日常を書く「こんなこと」の2編。幸田文は、概ね私の祖父母の世代。その時代らしさを感じ取る面白さもあるけれど、一方で、偉大な父と勝気な娘の交情が一人の娘としての目から書かれていて、時代であるとか著名な人であるとかというところを超えて、じんとくる。

看病は実に父とのいさかいだった。父は私の看護を事毎に託ってばかりいた。病人に対する心もちの粗雑さ、操作の不手際、何もかも気に入らないことだらけらしかった。不満足が皮肉になって飛んで来た。不平が慨嘆調で投げられた。じれったさが意地悪になって破裂した。早くよくなってもらいたさでいながら、目の前に浴びせられる不愉快なことば、仏頂面は反抗心を唆った。随分口がきつい人と百も承知でいるくせに、辛辣な云い草で斬りつけられるとたまらなかった。そのことば、その調子を一緒に聞いても他人は刺激されないのに、私はざっくり割りつけられたような痛みをうけとった。そういうことが血がつながっているということだと思っていたし、そういう悲しい宿命に堪えなくてはならない親子であった。父の方だって私の感じるものを、ぴんと刺さる矢として受けとっていたのだろうとおもえる。(「父―その死」)

「こんなこと」の中では、文が子供の頃、父に遊んでもらったエピソードを回想する「ずぼんぼ」が楽しい。

父・こんなこと (新潮文庫)

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105円@BO