HONMEMO

読書備忘録です。

香港陥落/松浦寿輝

物語は、日本による香港占領にまつわる3人の食事場面6回(前半3回、後半side-B3回)で構成。

前半は、外交官を辞めて小さな新聞社の記者をしている日本人谷尾の視点で語られる、香港の中国人貿易商黄、香港政庁をやめてロイターに勤めている英国人リーランドというそれぞれ裏がありそうな3人でのペニンシュラホテルでの会食。日本軍侵攻による香港陥落前夜の不穏な情勢の中での会話の後、陥落直後の会食では、谷尾は、2人に香港占領行政に協力するよう依頼するが、2人は拒否。香港開放後の会食では、その間のそれぞれの事情が語られる。

後半side-Bは、リーランド視点での中華料理の食堂での会食。3人での会食だが、毎回そのうちの1人は異なる。1回目は、贋ロレックスを買った、上海から流れてきた沈と馮との出会い、2回目は、谷尾からの協力要請を断った当日の沈と美雨という謎めいた女との食事、そして3回目はずっと時代が下って戦後1961年香港を再訪し、様変わりした店での沈と死んだ黄の妻グウィネスとの食事。

日英中背負う歴史の異なる人々による不穏な時代を背景とした会話劇(シェークスピアを引用するペダンティックな趣もある)で、それはそれで楽しめるのだが、何か宙ぶらりんな感じが残る。これは、本書で、上海事変下の上海を舞台にした「名誉と恍惚」の主人公芹沢=沈、馮、美雨が登場する一方で、本書前半の主人公谷尾のその後が全く語られず、谷尾と不倫関係にあったグウィネスが黄とよりを戻した形で登場するのに、その間の事情も何も語られないなど、いわば本来回収されるべき谷尾という伏線の回収を次回作に委ねているからなのではないか、などと妄想する。

本書、出てくる料理という料理が美味しそうで、それが一番印象に残ると言ったら、叱られるか。

しかし、あれだけ印象深く読んだ「名誉と恍惚」の内容をほとんど忘れているのに愕然とする。